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幻のフレスコ画 @サンタ・チェチリア・イン・トラステヴェレ教会

ただいま、大掃除の休憩中。
おかんのいとこのダンナさんが来ています。そばでバタバタできへんからね。
おっちゃん、お餅正月4を取りに来ました。
うち、毎年もちっこ(機械の名前です)で、お餅をつくんです。


私の好きなトラステヴェレ地区。
一番親しかったブルガリア人のダニエラが住んでいたので、よく行きました。
私はもう少し奥の地域に住んでいたんで帰り道ということもあって。
旅行の時は、この地区のサン・コジマート広場近くのアパートを2週間借りたり。
トラムでテヴェレ川をわたっていると、もうすぐだ~って嬉しくなります。
思い出に浸りすぎですね(笑)

それでもイタリアなワケ


さて、この教会ですが、立地的に奥まった所にあるのもあって、人でガサガサしていないし、
雰囲気も優しさと品があって、落ち着く空間です。
修道院のドアから出てきたんで、違うかもしれないけど、敷地内に幼稚園があるのかしら?
いつぞやは、ちびっ子がいっぱいいました。
美しい花が咲き、静けさの中に子供たちの笑い声・・・アレ?天国ってこんな感じ?
って思いました。

ここは名前の通り、聖女チェチリアを祭った教会なんですが、それはちょっと後にして、
隣の修道院について。
ここの見どころは、なんといってもコレ

教会左側のドア(修道院)から入って、ファサード裏の2階にあがると、
「最後の審判」のフレスコ画があります。
ピエトロ・カヴァッリーニの傑作といわれています。

この最後の審判は、1293年に描かれたのですが、上から塗られちゃっていて、
600年ほど発見されず、30年ほどまえに修復されたそうです。
あれ?ちょっとまて。
発見から80年近くほったらかしだったのか?そりゃ、発見時の状態よりヒドくなるだろう。
あ~イタリア。
まぁ、修復作品が多いんだろうけど。

ま、いいや。
そんなわけで、このように、長く日の目を見る事のなかった作品である上に、
天然の鉱物からできた絵の具で、色鮮やかに描かれています。
日本には、鳶色、鉛丹色など和色の呼び名があって、今より多くの色が使われていましたが
これも、現代よく見る色ではなくて、繊細で美しい色です。
(撮影禁止だったので写真はないけど)しかも、二階に上がって見れるので、近い!

そして、生身の人間のように立体を感じられる描き方。
教会の後陣にあるようなフレスコ画って、のっぺり人形みたいなのが多いですが、
それとは違います。

ちなみに、修道院のドアは閉まっていますが、呼び鈴を押せばOKです。
なかなか目にするチャンスのない貴重なフレスコ画、ローマに行かれたらぜひ、ご覧下さい。

それでもイタリアなワケ
ここの教会、入り口横(外です)に、こんな(昔使われていたであろう)祭壇が
何気なく飾られています。


それでもイタリアなワケ
屋根下とはいえ、外に出しっぱなしだけど、いいのかなぁ。
ここも、ローマのほかの教会同様、教会の上にまた別の教会が建てられています。

教会に入って左側に行くと、小部屋があり、心づけを渡すと、地下の
ローマ時代の住居や教会の跡と、クリプタ(納骨堂)と礼拝堂を見学することができます。



年末年始は、天気が大荒れですって~
↓ひょえ~
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5世紀にたてられた、聖チェチリアを祭る教会、サン・チェチリア・イン・トラステヴェレ。

三廊式のバジリカ形式で、9世紀に、ローマ教皇パスカリス1世の命で建て替えられ、
16世紀に枢機卿スフォンドラーティにより、改築。
18世紀にも改築されて、写真で見るようなバロック調の白く明るい感じに変わったそうです。
この教会で有名なものは、2つあります。

それでもイタリアなワケ
1つは、9世紀にできた後陣のモザイク。
一番右が、奉られている聖女チェチリア、そして一番左が教皇パスカリスです。
当時、教皇は生きていたので、人物の後輪は、青い四角です。
他はみな、既に亡くなった人なので、丸い輪です。チェックしてみてくださいね。


それでもイタリアなワケ
そして、もう一つが、こちら。
1600年ステファノ・マデルノによる、大理石でできた、聖女チェチリア像。
彼女、うつくしいんです。
顔は布で覆われているんで、見えないんですけど、美しさが醸しでているんです。
石だとわかっているのに、体の重みが感じられるような、生の印象。
思わず、助け起してあげたいという感情がわきます。

チェチリアは、230年11月22日にキリスト教徒への迫害により、殉職したといわれています。
10代の裕福なローマ貴族の娘で、父は元老院議員。
許婚ヴァレリアヌスは、兵士でキリスト教徒を迫害する側だったが、
彼女の影響でキリスト教徒に改宗。よって、彼も殉職。
え? 貴族の娘って兵士と結婚するか?ちょっと疑問なり。

ま、ほんまに、いいなずけだったかは置いておいて、
彼女、最初は蒸し焼き処刑されたんですが、死なず、斬首刑に。
ただ、切り落とすのではなく、首を刺すやり方だったようで、これでも死なず。
3日ほど生きていたそうです。

その後、サン・カリストのカタコンベに葬られて、9世紀に発見される。
5世紀からあった教会を建て直し、地下の礼拝堂に許婚のヴァレリアヌスとともに埋葬。
1599年の改築時に、カタコンベで、この像のような格好のままの姿で発見され、
首筋には傷跡も見えたといいます。
朽ち果てる事もなく、9世紀に埋葬された時と同じ美しい形で見つかった事から
像を作成したようです。

ここでまた疑問
埋葬する時に、顔を布で覆って、横向かせて棺に入れるかなぁ?
ほんとうは、この像って、殺された時の様子を再現したんじゃないのかしら?

とにかく、清楚と美しさを感じられる彫刻です。


それでもイタリアなワケ
一方、地下なんですが、ローマ時代の遺跡がまず見られます。
石柱とかそういうもののあとに、この写真のような豪華な礼拝堂が現れて、落差に驚きます。
ビザンチン風の装飾で、とってもゴージャス。


それでもイタリアなワケ
見えるかしら?宝石のような輝く石がはめ込まれているんです。
キラッキラですよ~。


それでもイタリアなワケ
ここには映っていませんが、シチリアの聖アガタのモザイクもあります。


それでもイタリアなワケ
12世紀に加えられたロマネスクの鐘楼と、前庭の噴水にあるローマ時代のかめ。
昔、教会に入る前に身を清めたため、教会前には水(噴水)があります。
日本の手水舎(てみずや)と同じですね。

チェチリアは、音楽の守護聖人で、
・ローマ・サンタチェチーリア国立アカデミー管弦楽団
・ローマの名門、サンタ・チェチリア音楽院(1584年創設)
・サンタ・チェチリア・ホール
など、彼女の名前にちなんだものが音楽関係にいくつもあります。
また、ワインの名前にも使われています。

夏でも観光客の少ない、穴場です。

Basilica di Santa Cecilia in Trastevere
Piazza di Santa Cecilia 22
TEL 06 71 88 626



コレ、お正月に飾る千両・万両だよね?
それともヒイラギ?とにかく、
↓ぱひ~
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