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おかえり、アレッシオ(Santi Bonifacio e Alessio教会)

久しぶりの、このカテゴリー。教会は、人気がいまいちっぽいんですけど(笑)、
なんせ、ローマの2ヶ月で、80くらい行ってますから、書きまっせ~。

教会って、単に落ち着くから好きっていうのもあるし、
美術館においている芸術家の絵画や彫刻などの作品も、沢山あるんですよね~。
そういう意味で、教会の建物そのものや、柱などの内装も、しっかり見るに値します。

歴史や、作成の目的や意味をしってから、再度訪問してみると、新たな事を発見します。
ということで、何回かは、行く事になるのよね。
そして、ローマの教会は無料だから夏の暑い日は、ただ涼みに入ったり(笑) 
へへ、神さん、どうもすみません。

母の実家の地域では、神様のことを、神さんと呼んでます。なれなれしいやね(笑)
敬いの気持ちはもちろんあるんだけど、親愛の気持ちも入ってる感じです。
この呼び方、わたし、好きなんだ

他の観光都市は、教会に入るのにお金がいるからビックリしたわ~。
なんで、入るのに、金払わなあかんねん!!お祈りして心づけを払うならわかるけどさぁ。
日本ではなぁ、基本、寺や神社にお参りするのに金なんかいらんのや~


それでもイタリアなワケ
さて。こちら、教会の門の手前にあるドアの表札です。かわいいね。

この「Padri Somaschi」って、ソマスキ神父が住んでいるわけではなく、
孤児や恵まれない子供たちへの支援をする、ソマスキ会のことだと思います。
十字架を背負う図は、この修道会のマークだから。


今日はアヴェンティーノの丘にある教会の一つ
聖アレッシオ教会 La Chiesa di Sant'Alessio

通称、 Chiesa dei Ss. Bonifacio e Alessio 
キエザ・デイ・サンティッシミ・ボニファーチォ・エ・アレッシオ教会
 
もしくは、
Basilica dei Santi Bonifacio e Alessio 
バシリカ・デイ・サンティ・ボニファーチォ・エ・アレッシオ教会

BasilicaバシリカとChiesaキエーザの違いについては→こちら

これまで紹介した教会やお店もそうですが、通称のあるものが結構あります。
それって、人が屋号で呼ばれるみたいに、過去からの名前って言う場合もあるけど、
それだけ地域になじんでいる表れなのではないかなぁ。

1587年以降、サンアレッシオ教会と呼ばれるようになり、
19世紀になってその前に奉られていた、ボニファーチォの名も加わったそうです。

それでもイタリアなワケ
4世紀に殉教した聖ボニファーチォと5世紀のローマの聖人、聖アレッシオのために
建てられました。

3-4世紀に建てられ、1216に年に時の教皇Onorio 3世の命によって建設されたときに、
だいたい現在の建物の形になったようです。
1582年に一度改築、それから1750年にトンマーゾ・デ・マルキスTommaso De Marchis
1852~1860年にSomaschiソマスキ一族によって改築されました。


この教会のそばには、こんなものが。
それでもイタリアなワケ
これは、どこの家の家紋なんでしょうね。
この下には、


それでもイタリアなワケ
バービー人形くらいの、マリア様とイエス様。
下に水が流れていますから、教会に入る前の清め場所だったのかも。


それでもイタリアなワケ


こちらが、
それでもイタリアなワケ
アレッシオさんです。(この写真はWikipediaより)

聖アレッシオの礼拝堂。アンドレア・ベルゴンディAndrea Bergondiの作です。
18世紀後期のバロックの彫刻です。

斜めになってるもの、これは、階段です。
なんで、アレッシオ、階段の下にいるの~?って思うよねぇ。

実はこれ、彼が聖人になるきっかけとなった物語の場所なのです。
アレッシオは、オペラ作品にもなっているんですよ。



最初の写真のインターフォンの周りの壁がぐちゃぐちゃで
イタリアの工事のレベルが知れますなぁ・・・
だよね~の↓ぱひ
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オペラの物語は・・・・・

アレッシオは婚礼の直前に、巡礼の旅へでます。
20年ほど東へ巡礼の旅に出て、色々大変な思いをして、実家に戻る。
が、身を隠して階段の下で暮らしていた。
20年もの流浪の旅ですから、こじき同然なわけです。父にも気づいてもらえない。

階段の下で、いなくなった彼への両親の悲しみや、妻(※)の嘆きも聞こえ、苦しむアレッシオ。
※婚礼の前にいなくなったはずなのに、妻になってるんですよねぇ。な~ぜ~?
しかし、彼は、この苦しみが、神から与えられた修行なのだと考える。
悪魔から、信仰を捨て、正体を家族に明かせといわれて、苦悩するけれども、折れない。
このあと天使が現われて、信仰は死によってのみ守られると告知され、聖アレッシオは殉教します。

神のお告げを受けた王達が屋敷へ行くと、アレッシオは既に神に召されている。
手には、自分の素性と家族あての感謝と謝罪の手紙を握って・・・。

家族は、彼のことをずっと心配していたわけですから、彼がアレッシオとわかり、
驚き、悲しみにくれる。
家族の悲痛な悲しみが、涙を誘う・・・。

信仰は死によって守られる(どんな誘惑でも奪えない)。彼は、信仰を守って殉職。
そう、前半にあった階段は、アレッシオが殉教した階段なんです。


その教会の方ですが、

それでもイタリアなワケ
入り口の枠が、コズマーティ様式(→コズマ)でステキね


それでもイタリアなワケ
教会の中は、3つの身廊に別れていて、
右側の奥のほうには、聖なるマリア様のイコン(絵)、
右の翼廊には、スペインのカルロ4世の礼拝堂があります。


それでもイタリアなワケ
どうも翌日が、結婚式のようで、お花が飾られていました。
ここの床も、ローマの教会建築の特徴のコズマーティの幾何学模様。


それでもイタリアなワケ
ふと外を見ると、小さなお庭が。
でも、教会によくあるキオストロ(回廊)じゃないんです。


それでもイタリアなワケ
なんだか、オープンで開放的♪南国~って感じ。
鍵穴(→ここ)から近いんで、庭の先にバチカンのクーポラ(丸屋根)がみえます。


聖アレッシオのオペラで、ん?と思うところがあったのね。
私の疑問を現代風に考えたら(アレンジ?)
アレッシオ、自己中な草食系イタリア男子になりました。

妻をめとる覚悟ができず、ビビって逃げ、
(だって、巡礼に出るなら、なにも結婚式の前でなくても良いわけで。
要は、花嫁を捨てたわけです。ありえないんですけど・・・ 人生で最高の幸せを迎える時に
地獄に突き落とす残酷さを、彼、わかってないね。
妻になる女性が、その後、人間(男性)不信になりそうだ。でもイタリア男ならやりそう~)

で、巡礼の旅に出て、想像以上にエライ目にあって、戻ってきたのは、頼れる実家(マンマ~)
しかし、自分が帰ってきたことも言えず、階段の下に住み(意気地なし~)

修行なら、なぜ修道院に行かないの?
だって、修行なら、こんな所におらずとも、それなりの場所ですればいいじゃない?
もしかしたら、死の直前に戻ってきただけで、階段の下で長い間暮らしてなかったのかしら?
あ、でも違うわ。家族の嘆きとかを聞いて、彼は苦しむんだもん。

最後は、天使の膝枕に横たわって、昇天。
うっそ~ん。え~、これ、わたしには「アレッシオ、萌え~」にみえるぅ。

アレッシオ、甘やかされて育った(窮地になると踏ん張らずに逃げる)イタリア男?
ただ彼の良かったところは、悪魔の誘いに乗らなかったこと。
悪いヤツじゃないんだけど、ね~っ、みたいな。

以上、現代風、アレッシオ物語でした。(オペラ好きな人、真剣にとって、怒らないでね~)


話もどりまして、教会ですが・・・
それでもイタリアなワケ
ロマネスク様式の鐘楼がみえますね。

うぅ・・・デジカメじゃ、全体像がはいらない・・・。
と思ったら、あった、あった!

それでもイタリアなワケ
Wikipediaから借りてきました~。
この入り口の5つのポルティコは、デ・マルキスの改築の時にできたそうです。

La Chiesa di Sant Alessio
Piazza Sant Alessio, 23 a Roma
時間 9.00-12.00 16.00-18.00

<行き方>
コロッセオから60番のバスにのって、
Viale Aventino アヴェンティーノ通りのPiazza Albania(アルバニア広場)で下車。
そこから、丘までVia di S. Alessio. (サン・アレッシオ通り)を上っていく。

バスに自信がなかったら、地下鉄のチルコマッシモで降りて歩いて行けます。
トラステヴェレの地域からも散歩がてら、歩いていけますよ(私はこれ)。




最初は、教会ってどれも同じに見えるよね~
その気持ち、わかるぜって人は
↓ぱひ~
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