
今日は、同僚3人と一緒に近くの桜の木の下でランチしてきました。
花びらが風で吹雪のようにふわーっと散ってとても綺麗でした。

昨日は従業員全員で、花見ランチだったので、
二日連続シアワセ・ランチ。
太陽を浴びながら、
ピクニック気分で楽しかったです。
紫外線を気にする同僚は、
日傘をさしていましたが、
ほれ、
ワタクシは南方系(→「なんでわかる?」)の
地黒なので問題なし
です。↑ちなみにこれは家から歩いて5分のところにある桜。池と広場の周りをぐるっと桜が囲んでいます。
さて、さて、ワタクシが革コートをずっと所望しており、やっと購入できた喜びを
以前、Del母に語ったところ・・・
母は、革コートはほしいどころか、いらない
と思っていたとのこと。なぜー
なぜー?なぜなら、子供のころのトラウマのせい。
母の実家は海のほうなので、狩猟をしている人は周りにはいない。
見慣れないところに、剥製でも見て怖かったのか?
それがトラウマ?と思ったら、ぜんぜん違いました。
今はもうないけれど、数十年前、母の実家のほうに時々来ていたある職業の人たちがいた。
さくらの花を楽しむのも今週末までですかね〜。
春はいろんな花が楽しめてたのしい!
↓ぱひ〜ん

その名も、 「犬殺し」
ひー
なんじゃそれー!?犬を殺しに来る悪い人たち?ではもちろんなく、
野良犬や、要らない犬を引き取っていって殺してくれる(もしかして売っていたのかも)人たち。
→もっとべつの理由がありました。もう少し先を参照してね
その人たちが、いつも革のコートを着ていたそうな。
Del母が子供のころ、
「ほれ、悪いことすると、犬殺しのおじちゃんに連れられていくよ
」って怒られていたらしい。そのせいで、犬ごろしのおじちゃん=怖い人=革コートとインプットされ、
革コートを着たくもないということに。
いやー、なんじゃその職業は?って思いますね。
今は、保健所が犬を引き取ってますが、昔はそういう職業があったんですね。
もし今なら、動物保護団体に即効攻撃されそうです。
正式な職業だったのか調べてみたところ、
「かつて警察署の指揮の下に、狂犬病予防のために、野犬を捕獲、殺処分した業者。
撲殺されたイヌの皮は製皮所に送られ、肉は花屋敷などの動物の餌に売られた。
明治35年の「風俗画報」によれば、撲殺犬の肉を佃煮にし、また焼き鳥の看板を掲げて販売されたことがある。」とのこと。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
殺したことには変わりはないけど、狂犬病防止のためだったんですね。
それにしても、時代とはいえ、露骨な表現ですね。
もしかしたら、その時は、それほど深い意味はなく使っていたのかもしれません。
ほかにも今は存在しない職業があるかもしれませんね
↓押してくれてアリガト




















この記事に対するコメント
知りませんでした
作家の水上勉の父親が、墓守じゃなくて、墓堀職人だったと言うのを読んだことがあります。
まだ土葬だった時代、さらにショベルカーなどなかった時代、骨壷ではなく、棺を納められるほどの大きさの穴をほるのは重労働だったようです。
今は無くなってしまった職業ってあるんでしょうね。
犬殺しですか・・・
でも狂犬病って、致死率100%の怖い病気ですし、ちょっと前にある小説で、ロシア人が船上で飼ってた犬が、港で逃げてしまって、その犬は猛烈にヨダレを垂らしながら、近くの飼い犬に噛み付き、そこから・・・、
みたいな話を読んで、やっぱり絶滅したといっても、完全じゃないしいつまた上陸する可能性のある狂犬病って怖いなぁと思います。
生き物を無為に殺すこと(昔のサカキバラ事件のように猫を殺すとか)は許せないけれど、そういう職業が確かにあって、そのおかげで平和が維持されていることもちゃんと解っていないといけないな。と思いました。
◎がっちゃんさんへ◎
こんにちは!お忙しいのにコメントくださってどうもありがとうございます。
なるほど、狂言病って海外からそうやって入ってくることもありますね。
これを書くと問題になるかもしれないけど、以前同和の階級っていうか差別があったころは、肉屋、ごみ処理といった嫌がられる職業は同和の人たちがする職業だったし、今なら、パチンコ、ラブホテルは(日本で差別される)韓国系の人がやってます。
いろんなことが、こういう人たちのおかげで出来上がったんだと知るべきだなと思います。
同時に、今、差別だとか動物虐待だとかっていわれるようなことは、ある程度の精神的安定と治安維持、衛星状況が良いからいえることなんだなって思います。
生きるか死ぬかの環境下だったら、別のところに優先順位がありますもんね。